血管探索記

腫瘍や血管の病気のこと、日々に出会ったものから連想する科学、旅行記、コラムなどを記します。

人さらいの思いで

子供の頃は、よく祖母と旅をした。共働きの両親に代わり僕の面倒を見てくれたのだ。おかげで鍵っ子にもならずにすんだ。(但し彼女は、時々パチンコに熱中して僕が学校から帰る時間を忘れたりしたけれど。)

 

ある旅の途中、祖母が切符を買いに行っている間、僕はどこか大きい駅の正面入口で、一人待っていた。右にはキオスク、正面には大きな階段、背後にはタクシー乗り場があったのを鮮明に記憶している。僕は小学校低学年だったと思う。

 

そのとき、痩せたサラリーマン風の男が僕に近づいてきて、笑うでもなく無愛想にこう言った。

「ぼく、ひとり?お利口だね。お菓子をたくさんあげるから、おじさんと一緒に来なよ。」

僕は固まった。これが噂に聞く人さらいというものか、そう思った。だからいくら誘われても「いいです」「お菓子要りません」を繰り返した。

 

その人さらいは、チッと舌を鳴らして去って行った。不思議と怖くは無かったが、たくさんのお菓子も見てみたかった、などと子供らしいアホなことを考えていた。戻ってきた祖母は度肝を抜かれて倒れそうになっていた。まあ無理も無いだろう。

 

あの時代、あんな犯罪は普通に行われて、神隠し、などと呼ばれていたのかもしれない。僕がいまここでこうしているのは目先の欲に捉われなかったからだ。(いや、普通怪しいと思うか…)

 

新大阪や東京などの大きな駅に来ると、いつもこの思い出がよみがえる。優しくて僕の良き理解者であった祖母のことと共に。

f:id:drmasa:20150404102751j:plain