血管探索記

腫瘍や血管の病気のこと、日々に出会ったものから連想する科学、旅行記、コラムなどを記します。

蝉時雨

 

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数年前、僕が住んでいたアパートの目前には近鉄 河内天美の駅があり、駅前広場に植えられた数本のケヤキには、無数のクマゼミがいた。

彼らは今を盛りと蝉時雨を奏でるが、そこにミンミンゼミやアブラゼミは全くいない。関東者の僕からすれば、異様な光景、いや音景というべきか。8月7日はもう立秋、今時分ともなれば、東京ならそろそろミンミンゼミが鳴いている頃だ。

 

実はミンミンゼミは暑いところが苦手であり、関西には棲息していない。アブラゼミは土壌が湿潤なところを好み、ヒートアイランド現象が続いて土が乾いた都会では、減少の一途をたどっている。これは東京も大阪も同じ状況だ。

 

面白い話がある。ミンミンゼミとクマゼミの鳴き声は同じなのだ。何をバカなことを、と思うかもしれない。もちろんそのまま聴いたら全く違うように聞こえる。しかし、両者を録音し、クマゼミの声をゆっくり再生、ミンミンゼミの声を早く再生すると、音声学的にも同一の声になるという。

このことは、彼らが気候や時節によって、棲み分けを行う相互補完的な種である、という説を裏付けているらしい。

 

僕が子供の頃、家の周りには豊かな森があった。そこにはヒグラシという優雅な蝉がいて、「かなかな」と呼ばれていた。ヒグラシは森がないと生きられない。だからどんどん、あの晩夏を告げるもの悲しい声を聞けなくなっている。

 

夏の終わりにはもう一種、ツクツクボウシが現れる。どうしてあんな鳴き方をするのか、今でも不思議でならないし、「夏の終わりが、つくづく惜しい、と鳴いているのだ」と解釈した古人の豊かな想像力にも感心させられる。

 

関西で暮らし、初めて知った蝉の生態だ。クマゼミはまだ僕にとって、とてもエキゾチックな生き物である。