血管探索記

腫瘍や血管の病気のこと、日々に出会ったものから連想する科学、旅行記、コラムなどを記します。

ポケットティッシュ

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街角で「よろしくお願いしまーす」と言いながら、腕を大きく回してポケットティッシュを渡そうとする人々がいる。僕は以前、こうした人に出くわすと、あからさまに嫌そうな顔をしたり、足早に通り過ぎたりしていた。

でも、今は考えを変えている。もし自分が配っていたらどうだろう、と考えるようになったのだ。

見れば、ポケットティッシュを受け取る通行人は少数派だ。そして僕が受け取ると、例外なく嬉しそうにしてくれる。これは演技ではないと思う。そんなことをする必要がないからだ。

 

しばらく前だが、芦屋の駅前で、ブロンドのお姉さんが「駅前留学」のポケットティッシュを配っていた。おそらく、はるばる日本まで英語の先生をしに来ているのだろう。ポケットティッシュ配りまでご苦労様。そう思って、受け取ったら、満面の笑みを浮かべてくれた。

 

宣伝内容によっては、もらっても印刷されている紙は捨てる。端から受け取っていると時には「熟女パブ」なんていうのも、知らずに紛れ込んでいるいることがあるのだ。

 

ある日、パチンコ屋の宣伝ティッシュ配布に出くわした。急いでいる時の駅前である。思わず無視しそうになったが、一円を嗤う者は一円に泣く、という言葉が何故か脳裏をよぎり、やはり受け取った。その後、新大阪駅でコーヒーを買って新幹線に乗ったのだが、なんと、僕は座席にコーヒーをこぼしてしまったのである。慌ててポケットティッシュを取り出し、コーヒーを拭き取って、事なきを得たのは言うまでもない。予感的中であった。

 

街頭配布のポケットティッシュを受け取るということは、配っている人への心遣いだけではなく、本当は、なにがしかの「運」を呼び込んでいる可能性があると僕は思うのだが、皆さんはどう思われるだろうか?