血管探索記

腫瘍や血管の病気のこと、日々に出会ったものから連想する科学、旅行記、コラムなどを記します。

プロバンスの結婚式(序章)

1999年6月初旬、僕のドイツ留学はゲッティンゲンという街にある語学学校、ゲーテインスティテュートからスタートした。

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そこで何とはなしにできた仲良し五人組は、我が生涯の財産となった。

 僕以外の四人は以下のようなメンバーだ。アメリカハーバード出身で環境汚染を研究する若手女性研究者。パリ出身で化学を専攻しドイツの香水メーカーで調香師をする女性。プロバンス出身で地学専攻の女性、そしてドイツ西部出身で地学専攻の男性、最後の二人は後に夫婦となる。 

僕らは常に連絡を取り合い、数年に一度、世界の何処かで会っている。日独米仏共同体だ。なぜか理系が集まっているのも興味深い。 

この五人で築いてきた思い出には切りが無いが、一番思い出深いのは、ドイツ・フランス人カップルがプロバンスで盛大に行った結婚式だ。

それについて、これから5回にわたって書こうと思う。

 

ゲーテインスティテュートについて↓

www.goethe.de

 

性格は意識より深し

 

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人間の性格は千差万別。一朝一夕に変わることはない。

 

心配性が身についている患者さんのカテーテル検査中に、挿入したカテーテルのわずかな刺激(普通の人なら何でもないレベルの刺激)が血管を激しく縮ませてしまうことがある。

これはもちろん無意識の現象だ。血管を意識的に拡張させたり縮めたりすることなど、人間には不可能だ。心臓を意識的に止められないのと同じように。

 

つまり、性格というものは自律神経(交感神経や副交感神経)のレベルまで、深く浸透しているのだから、意識だけで変わる代物ではないのだ。(慣れてくると、患者さんの性格から、カテーテル検査の際に血管がどんな挙動をする可能性が高いのか、予測できるようになる。)

 

事実はそういうものであるはずなのに、この世の中には、「考え方で簡単に人生が変わる」みたいな本が多過ぎる。書店に行って自己啓発書のコーナーに行き、目をつぶって、どれか一冊本を手に取れば、多分その本には、そんな内容のことが書いてあるに違いない。

 

もちろん、そうした「意識の持ちよう」が大切であることは否定しない。むしろ非常に大切なことであり、哲学が太古から研究されてきた理由もそこにある。「人間としてどうあるべきか」は、深く追求すべき、人生の大きな課題である。

 

昨今における書籍が有する問題は「すぐに」とか「簡単に」という副詞の部分だ。

そう簡単か?そんなことはないだろう。

上に述べたとおりだから。

  

あなたは正しい意識のコントロールで、「なりたい自分」に、きっと変われるだろう。

  

だがそれには恐らく長い時間が必要であり、心の癖を自律神経のレベルまで落とし込んでいかなければいけないのだ、ということから目を背けてはいけない。

 

 

蝉時雨

 

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数年前、僕が住んでいたアパートの目前には近鉄 河内天美の駅があり、駅前広場に植えられた数本のケヤキには、無数のクマゼミがいた。

彼らは今を盛りと蝉時雨を奏でるが、そこにミンミンゼミやアブラゼミは全くいない。関東者の僕からすれば、異様な光景、いや音景というべきか。8月7日はもう立秋、今時分ともなれば、東京ならそろそろミンミンゼミが鳴いている頃だ。

 

実はミンミンゼミは暑いところが苦手であり、関西には棲息していない。アブラゼミは土壌が湿潤なところを好み、ヒートアイランド現象が続いて土が乾いた都会では、減少の一途をたどっている。これは東京も大阪も同じ状況だ。

 

面白い話がある。ミンミンゼミとクマゼミの鳴き声は同じなのだ。何をバカなことを、と思うかもしれない。もちろんそのまま聴いたら全く違うように聞こえる。しかし、両者を録音し、クマゼミの声をゆっくり再生、ミンミンゼミの声を早く再生すると、音声学的にも同一の声になるという。

このことは、彼らが気候や時節によって、棲み分けを行う相互補完的な種である、という説を裏付けているらしい。

 

僕が子供の頃、家の周りには豊かな森があった。そこにはヒグラシという優雅な蝉がいて、「かなかな」と呼ばれていた。ヒグラシは森がないと生きられない。だからどんどん、あの晩夏を告げるもの悲しい声を聞けなくなっている。

 

夏の終わりにはもう一種、ツクツクボウシが現れる。どうしてあんな鳴き方をするのか、今でも不思議でならないし、「夏の終わりが、つくづく惜しい、と鳴いているのだ」と解釈した古人の豊かな想像力にも感心させられる。

 

関西で暮らし、初めて知った蝉の生態だ。クマゼミはまだ僕にとって、とてもエキゾチックな生き物である。