血管探索記

腫瘍や血管の病気のこと、日々に出会ったものから連想する科学、旅行記、コラムなどを記します。

光を導く者たち

「カテーテルって何よ?」
……細い管ですね。
「日本語でなんて言うのさ?」
……医者はカテーテルとしか言わないけど、カテーテルを作ってる会社が、医療用具として認可を取るときの名称は、「医療用嘴管(しかん)及び体液誘導管」という。ちなみに製品の説明書にもこの名前が書いてある。嘴管、というのはクチバシのこと。(親嘴、とは中国語で接吻のこと。)
「ふうん。じゃあドレーンとかカニューレとかは?」
………………よく知ってるね。こいつらは、日常診療では「管」と呼ばれることが多いけど、分類はやっぱり上の言葉でくくられる。ドレーンは導管と書くけど、言わない。チューブということのほうが多いかな。
「チューブっていえばバンドの名前じゃん。あと地下鉄もチューブだぜ。」
……そうそのとうり。チューブというバンド名は彼らのアマチュア時代のネーム「パイプライン」から来ている。ああ、また管系の言葉出てきた。パイプも管だね。地下鉄をチューブというのは英国と欧州。太い管の中を電車が疾走するイメージかな。(米国ではサブウェイだね。)
「管系の言葉多過ぎじゃね?」
……確かに。カニューレ、チューブ、パイプ、カテーテル、ドレーン…だもんね。厳密には説明できないけど、印象としてはこうだよ。カニューレというのは細くて子供につかうような管一般、チューブはドレナージチューブ、とかサクションチューブ(吸引管)という言葉として使う。主に体液を外に出す目的で使う物だね。ある程度の太さがある。ここで地下鉄をイメージするといいかも。んで、パイプという言葉はあまり使わない。医療機器の部品のようなイメージかな。パイプカットという男性の避妊手術があるけど、そのせいで他には使わなくなったのかもしれない。ドレーンはまさに体液誘導管で、手術の後で血液を引くために留置したり、膿を抜くために差し込んだりする。で、カテーテルは血管の中にいれるもの、または尿道に入れる物を指すね。
「一発で理解するのは苦しいっす(笑)」
……だよねー。まあ慣れて下さいな。ちなみにだけど、一つ大切な言葉がある。”ルーメン”、これは「内腔・管腔」という意味だ。どの管でも、これだけは同じ。英語ではlumen、複数形はlumina(ルミナ)。
「ん?ルミナって、ルミナリエとか、光を表す言葉ではないの?」
…………鋭すぎる。そう。ルーメンはラテン語で光束のこと。光の単位にも用いられている。ではなぜそれが、管腔に使われているのか?調べても正確にはわからなかったけど、僕はこう思っている。単純に管類の端から反対側を除くと長いトンネルの向こうに、一条の光が見える。管の内腔は光の通り道でもあるんだよ。

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今の季節、各地で電飾が美しく、寒さを忘れさせてくれるけど、僕はカテーテルを操る医師として、そのルーメンから優しい希望の光を患者さんの血管内へ送る役割をになっていることを、いつも思い出すんだ。

「先生、ちょっと格好つけ過ぎだよー。」
……あ、そうだね……今日はこれくらいにしておこうか。

葉影

穏やかな昼下がり
うたた寝の波長に合わせるように
しなやかなmotion artifactが
FOVの端っこを揺らす

レースのカーテンに
映ってはにじむ葉影が
屋外の風を知らせていた

「散歩の時間か。」

僕はゆっくりとソファから身を浮かせる

*motion artifact(動きによるノイズ)
*FOV(視野)

(どちらも画像診断機器にまつわる専門用語です。)

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ランタナにキタテハ

真夏の光の下、活動的に飛び回る。
昆虫も暑さを感じるはずなのに。

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キタテハ


ランタナの方は、写真下部に、ゴツゴツした緑色の実を結びつつある。まるでグレネード(手榴弾)のようだ。これが炸裂したら…。確かに、帰化植物の域を超えた、侵略植物と言われても仕方ない。

ところで、これは、iPhone 7plusで、側溝に落ちないように移動しながら、炎天下で30枚くらい撮った中の、いわゆる奇跡の1枚です。

 

蛾と蝶の一般的な違いの中でわかりやすいのが、触角の大きさ(蛾は大きくて枝分かれしている)または、止まっている時の羽の位置です(蛾は広げ、蝶は立てる、つまり閉じる)。その中でもこのキタテハは、「立羽」というだけあって、閉じた状態がデフォルトですから、羽を広げた時でかつ、近づき、被写体にピントも合った構図の良い写真を撮るのは難しいのです。

 

僕は素人ですしね。

癌とガンとがん

がん、癌、ガン、腫瘍、肉腫、悪性新生物、cancer、sarcoma、tumor、neoplasm、そしてmalignancy。

普段何気なく使っている言葉。あなたは正しく文字を選べますか?

まず、生物の身体には、ある時、異常に増殖した細胞が現れることがあります。それが固形を呈していれば「腫瘍」と呼ぶのですが、例えば骨髄で白血病細胞が増殖する時、通常は非固形です。この場合、「血液のがん」と言ったりします。この「がん」は、他の文字で置き換えることはできません。(えっ?なんで?)

癌=cancer 上皮由来の悪性腫瘍
腫瘍=tumor 良悪性を問わず異常な塊[固形]

ここで難しいのは、上皮由来、と言うところでしょう。上皮とはざっくり述べれば体表面から繋がっている場所です。例えば、口、喉、食道からつながる消化管などですが、その中でも表面由来でなければなりません。たとえば、腸管でも、壁の外側のほうから発生した腫瘍は、非上皮由来になります。上皮由来の悪性腫瘍ならば、例えば胃癌、肺癌などと漢字で記載するのが正しいのです。

では、体の深いところ、骨、血管、筋肉などから由来する悪性腫瘍はなんと呼びましょう?これらは「肉腫=sarcoma 」です。骨肉腫、は有名ですね。

では初めの疑問に戻りましょう。白血病は、✖️血液の癌、ではありませんね。上皮性でも固形でもありません。他の呼び方が必要です。それが「悪性新生物=malignant neoplasm」なのです。でも、これは統計資料に使うような言葉で、ちょっと長すぎます。舌をかみそうですよね。

もうおわかりですか?

悪性新生物=がん(平仮名)と決まっています。僕が昔勤めていたのは、国立がん研究センター中央病院、ですが、数多ある「がんセンター」でがんを、平仮名ではない書き方をしているところは存在しません。それほど明確に決まっています。じゃあカタカナのガンは?

答えは、医学の世界では使いません。
鳥のガン(雁)かと思うくらいです。

皆さんが、書き方に困ったらとりあえずは、平仮名で書けば間違いはありません。腎癌か腎がん、か?どちらも正解。
白血病は血液のがん、です。一般的な呼び方に、「がん」が付かないもの、例えば、悪性リンパ腫、骨肉腫、などは、敢えて癌もがんも使いませんが、細かく言えば、前者は血液のがん、後者は骨のがんです。でも、あまり使わない呼称です。

がん、がオールマイティで、ガンは今日から訣別しましょう。癌と書くときは、注意が必要です。迷ったら平仮名にしましょう。

これからは、どうか、「癌センター」と書かないでくださいね。ガンで入院、ではなく、がんで入院、が適切です。そのがんが、一般に「癌」と記載されるもの、舌癌、食道癌、胃癌、大腸癌、肝臓癌、腎癌、尿管癌、膀胱癌、乳癌、前立腺癌、などであれば、癌で入院、と書いても良いですが、最近は平仮名書きが流行りではあります。

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保険の説明などでガンと書いてあるのを見ると、途端に脱力し、先を読む気がしなくなるのは、僕だけでしょうか?でしょうね。
(ホントにだいじょぶか、このガン保険⁈)